東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1619号 判決
第二 よつて進んで被控訴人の権利濫用の主張について検討する。
前認定の如く本件(ハ)地は、家屋建築当初から控訴人居宅の玄関に至る通路として使用され、また一面被控訴人居宅の便所汲取口及び勝手口の出入の通行路として使用されて来た関係にあることは明らかであるが、当審検証の結果、成立に争のない乙第十号証、当審証人平田久平、同山口あきの各証言を総合すれば、被控訴人居宅の敷地の北側と本件(ハ)地の南側の境界には疎らな生垣があり、その生垣に沿うて稍北寄りに密接し東西に亘る控訴人の設置した板塀が竝立し、右生垣と被控訴人居宅の勝手口及び便所汲取口の外側との間には三尺ないし二尺五寸位、また右勝手口から同家屋の西北角に至る約一間位の間の家屋の突出した部分との間には約一尺八寸位の各間隔存するのみであるけれども、右生垣は被控訴人の所有に属するものであるから、任意これを取除くことにより前記控訴人の設置した板塀との間に更に五、六寸幅の余地を生ずべく、従つて被控訴人としては右通路の出口即ち被控訴人居宅敷地の西北隅に裏出口を開設することにより、不自由ながらも汚物の搬出ないし勝手口に到る通路として使用可能の状況にあることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
してみると被控訴人としては前示通行可能と目される部分を使用すれば足り、右控訴人の設置した板塀の北側にある(ハ)地までを強いて使用しなければ便所汲取や勝手口の出入が絶対に不可能となるか、またはこれと同視すべき程度に著しく困難となる筋合でもないから、自己に権利のない以上人家稠密な東京都内においてはこの程度の不便不利を甘受するは已むを得ないと謂うべく、たとい控訴人が本件係争の(ハ)地の借地権ないし所有権を取得する以前において、従前同地の一部が事実上被控訴人居宅の便所汲取口または勝手口に到る通路として使用されていたことを知つていたとしても前示の如く両地の借地権ないし所有者に変還があつて既にこの土地の権利を取得した控訴人としては、自己の必要のためその道路に接する出口に門を設け、前示境界の内寄りに板塀を設置して、この地内に対する被控訴人の通行使用を禁止したからといつて、これを以て適法な権利行使の範囲を逸脱した不法なものと断じ難い。尤も本件係争地を控訴人が専用する利益と、被控訴人が使用できない不利益とを比較考量するときは、或は後者を以て重しとする観はないでもないが、前示認定の諸般の状況から判断すれば少くも現時の社会通念に照らしこのことを以て直ちに権利濫用の根拠とするは当らない。その他本件にあらわれたすべての証拠によつても、控訴人の前示権利の行使を目して、自己に利する所少なく専ら他人の利益を害することを目的とする所謂権利の濫用と認められる資料の徴すべきものはない。従つて被控訴人の権利濫用の主張は採用できない。